CREAZIONE | CREAZIONE
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ブランドビルダーという仕事柄、企業や各種プロジェクトのミッションを共に思慮に思慮を重ね、明文化していくことが多い。これから起こす企業やプロジェクトはもちろんであるが、歴史のある企業でも、ミッションが明確になっていないことは少なくない。その場合は、脈々と受け継がれている歴史を丁寧に紐解き、現在に到るまでの流れを把握し、企業文化を理解した上で、一法人として、なぜ存在していきたいのか?いくべきなのか?そのためにはどのように存在すべきなのか?を代表者と主要メンバーとで其々の考えを述べ合いながら、最終的に代表者(経営者)に決めてもらい、同じようにしてビジョン、価値観も策定し、明文化するようにしている。   明文化したら、ミッション策定に携わったメンバーは勿論であるが、社員全員、プロジェクトメンバー全員に浸透させていくために、ホームページにミッション、ビジョン、価値観を掲載し、朝礼で唱和し、ブランド会議の実施時などに、ミッションを意識して実施している活動内容メンバーが個々に発表し、その内容を共有するようにしている。このようなことを繰り返し、繰り返し実施していくことにより、決断するときに、判断するときに、選択するときに、ミッションに沿っているのかどうかを考えるようになり、だんだんと無意識にミッションに沿った活動を実施していけるようになると思う。   ブランディングとは?ミッション、ビジョン、価値観とは?ということをはじめに説明したときにはチンプンカンプンの方もいる。ただし、会を重ねることに、理解度が高まり、それに比例して、必要性を強く感じるようになっていく。そして、明文化されたミッション、ビジョン、価値観に沿って、事業計画、商品計画、生産計画、営業計画、PR計画などを立案していけるようになると、ブランドとしての整合性、一貫性、関連性が高まっていくため、ブランドとしてのアイデンティティもより分かりやすく、伝わりやすくなるため、その結果として、至極当たり前ではあるが、市場における認知度も高まっていく。   法人も個人も認知度が高まり、自分たちに対する理解度が高まれば、一般的には、モチベーションのアップにつながっていくため、さらにドライブがかかって、ブランド力、つまり、企業価値が高まっていく。このようなケースを直接、目にする機会に幸いにも恵まれているため、このことを信じて、ミッションの明文化を重要視し、ブランドビルダーとして、クライアントに相応しいミッションを策定できるように力を注いでいます。  ...

事務所を8年過ごした渋谷より、代官山に移転。代官山も学生時代から頻繁に足を運んでいた地であり、精通していると思ってはいたものの、いざ拠点を構えてみると、知らなかったことも多く驚いています。 まず駐車場料金の高さ。え、間違えじゃないの?というような、10分●●●円、12分▲▲▲円、4時間最大X,XXX円、最大料金無しというような表示を数多く見受けます。次に代官山に勤めている方々の通勤時間の早さ。ブティックやカフェ、美容院やクリエイターなどが多いはずなんですけど、7時台の通勤客も結構いるんです。そして、食事処の多さ。とくに恵比寿に向かう方面は、どの路も個性的なカフェやレストラン、バーも多く並んでいます。個人的には、バブル時代に利用していた、ラ・ポンベールやラ・ボエム、トムズホットドッグ、ベリーグッドマンなどが、だいぶ前ではあるけど、姿を消してしまったことは少し残念ですが。。。これらの大したこともないような、ちょっとした気づきにへの対応の仕方で色々なことが変わってくることも少なくない気がしますネ。 渋谷の頃に利用していた青山ブックセンターは遠くなってしまったけれど蔦屋書店は近くに、スパイラルは遠くなったけれど同じ槇総合計画事務所が設計したヒルサイドテラスは近くに、青山通りや明治通りは遠くなったけれど、旧山手通りや駒沢通りは近くになり、快適なオンタイムを過ごせています。 同じ渋谷区で、東横線で1駅、電話番号も変わらないんですけど、やはり代官山ならではの趣きや恵比寿ならではの空気感を感じながら個々のプロジェクトの企画も捗っています。あまり引越しは得意ではないのですが、行動パターンに変化をもたらしたり、視点をずらしてみるという意味でも、たまには良いもんですね。...

素材の素の訓読みは“もと”。“もと”と読むものは、基、元、本、下、因、許などがあり、意味は、始めだったり、基軸だったり、根本だったりなど。何を言いたいのかと言うと、「万事において素材は大事」ということを此処で切に述べておきたい!どのプロジェクトでも、どんな素材を用いて進めていきたいのか?進めていけるのか?進めて行くべきなどか?ということを明確にしておいた方が、ブレ難く本質を捉え深層面に入り込めていけると思う。   素材の選定を誤ったり、素材への理解度が低かったり、素材との向き合い方が甘かったりすると、素材の価値を十分に活かしきれないため、おのずと仕上がるモノの価値も薄まってしまい、人の志気を高めたり、人を惹き寄せたり、人の心を動かしたりするのが難しくなるのではないのかな。   過保護に育った人は色々と問題もあり、なかなか強く育たない。潜在的な能力を引き出すどころか芽を摘んでしまう可能性も十分にある。人も素材も同じかなと。素材も同様に手を掛け過ぎたり、手を加え過ぎたり、優しく接し過ぎたりしてしまうと、素材の持つ強みみたいなものが上手く表現できず、仕上がったモノが受け手に受け入れ難くなってしまう。 そのため、素材の特性(成立ちや表情、質感、剛性、強度、加工性、稀少性など)を理解し、素材の選定理由や加工方法をはっきりさせ、必要以上に手を加えないことも重要なポイントだと思う。   偶然に期待する部分も無くはないが、素材をしっかりと理解した上で、できれば、必然的に素材と人、時間、空間がうまい具合に絡み合って、調和して、不思議なエネルギーを発することで、作り手と受け手とが一本の糸で結ばれる様にプロジェクトを進めていきたい。  ...

自社ブランドのフィロソフィーに『環境に優しい』というコトバを織り込んでいる。年をとればとるほど、経験を積めば積むほど、人を次の世代を想えば想うほど、このことを真剣に捉え、考え、向き合い、強く意識して其々のプロジェクトに取り組むようになってきている気がする。   昨年より、リサイクルを軸としたブランドのブランディングに携わっており、そのブランドとの月次会議の中では、『環境保存』『地球環境保護』『エコロジー』『エネルギー削減』『アップサイクル』などの言葉が頻繁に飛び交っている。日々の企業活動の中で、プロジェクトメンバー一人一人が、どこまで主体的、能動的、自発的、積極的に、地球環境を想い、組織を活用し、個々のプロジェクトを立ち上げ、組み立て、実行していけるかを考え実行している。もちろん、完璧ではないけれど皆な其れなりに頑張っている。   『海中に沈むプラスティック』『漂流するプラスティック』『海岸に溢れるプラスティック』そのような写真がweb上でも、誌上でも数多く掲載されており、年々目にする機会が増えており、心苦しくなってくる。プラスティックが環境を汚染しているのは事実だけれども、そのプラスティックを使い、作り、捨てているのは、我々人間であり、我々が営む企業であることを忘れてはいけないと思う。世界中の殆どの人が、当たり前だけど、自分たちが住み、自分たちが愛する地球を汚したいと思っていなく、地球にやさしくしたいと思っているはずである。なのに、何故だか、たくさんのプラスティックがあってはならないカタチで蔓延している事実。摩訶不思議である。そして、優れた素材の一つ、我々にたくさんの貢献をもたらしてくれているこの素材がまるで悪であるかのように見て、紙などの別素材に変更することが善というような風潮が起きつつある。ここに少し(いっぱい?)違和感を生じるのは自分だけなのか。そもそも、使い方、扱い方を正しくすれば、この素材であってもいいはずのものも少なくないはずである。プラスティックは悪ではない。   『地球にやさしい』とは?、自分たちが住み、お世話になっている地球のためにできることは何か?と自分自身に問いかけての答えは、やはり『素』の自分を大切にしながら、愛着を持って、ものづくり、ことづくり、環境づくり、人づくりを、関わる方々と共に長いスパンで行なっていくことかなと改めて思った火曜日の夜。『素』『愛着』が、ものや環境を大切に大事に扱い、環境にも物にもやさしく接し、ものを捨て難くし、どうしても活用しなく不要になった時には譲るというような精神を宿るきっかけになるんではないかな。  ...

クライアントとの取り組みは、製造業、卸売業、小売業、サービス業など業種によって異なる部分はあるものの、基本的には、経営者や部門責任者と共に製造や販売、倉庫などの現場のラウンドから始める。“現場は宝の山”と言われる通り、沢山の宝、つまり気づきがある。日常的に目にしている人、携わっている人には感じ取り難い、惹きつける何かが大抵の現場には潜んでいる。その何かを見付け、気付き、次のステップにつなげるイメージを持つことを大切にしている。   引いて観て、寄って観て、触れてみて、聴いてみて、嗅いでみて、ものによっては味わってみて五感で現場を体感し、現場の担当者とも会話を交わしながら、組織やサービス、プロダクト、技術に於ける、顕在化されたものだけでなく、潜在的な能力を探り、そのブランド価値を自分なりに理解していく。   経営理念、経営方針、社是、スローガン、ヴィジョンなどをしっかり掲げてはいるものの、それぞれが曖昧だったり、整合性が取れていなかったりして、会社内に上手に浸透して切れていないケースも少なくない。そのため、次のステップとしては、そのブランドとしての存在意義、そのためのあるべき姿、将来像、そして行動指針となる価値観を、じっくりしっかりと焦らずに、ブランドとしての原点、歩んできた道のりと照らし合わせながら、経営者や責任者、担当者の想いを伺いながら、紡ぎ、編み、調えて、ブランド関係者の心に響く、腹に落ちる、自分たちのものと思えるブランドとしてのフィロソフィー(哲学)に仕上げる。此処まで辿り着くには相当なパワーを要するが、とても前向きで建設的なことなので、当たり前だがいつも愉しくワクワクしながら、(壁にぶつかり凹むこともあるものの)プロジェクトのメンバーと進めている。   次にフィロソフィーを軸にして、商品政策、営業政策、生産政策などに整合性、関連性、一貫性をもたせながら、仮説を立案しての、実行、検証、修正を繰り返し、繰り返し、繰り返し、しつこく、何度も何度も行なっていくことで、ブラッシュアップされ、より個性的で魅力的なブランドが構築されていく。結構険しい道のりではあるけど、本気になって取り組めば、失敗はあっても、最終的にはイメージ通りになると信じ、メンバーともに日々本気モードで突き進む。クライアント自らが描くブランドを構築するために、本気モードのスイッチを見つけ、押してあげることもブランドビルダーの役割だと思っている。  ...

ロシア政府主催のサンクトペテルブルク国際経済フォーラムに参加し、「ミクロとマクロの両方を捉え具体化させたダイナミックな国家プロジェクト」、「国や行政、産業界とのインタラクティブなリレーションシップ」、「グローバルな視点でのミューチャル・ベネフィット」の重要性を強く感じた。国が、地域が、企業が、団体がそれぞれのパビリオンで、それぞれのセッションで、自らが進めるべきこと、進めることができること、進めていきたいことを表現していました。   自らの日々の活動では、可能な限り広く大きく全体像を俯瞰することを心掛けながらも、まずはミクロから、細部をとことんマニアックにプロジェクトのメンバーと進めていくことを意識している。プロジェクトに参加するメンバーが本気になることが大事である。本気になって進めていかなければ、人を、企業を、地域を、国を動かすようなことは生まれない気がする。ダイナミズムというのも初めからダイナミックではなく、象を倒す蟻のように、小さなものも集まって起きるもの、小さなことを積み重ねて生まれるものであり、そのためには、本気になって、具体的な計画を立案し、継続的に実行、検証、修正、実行を繰り返し続けていくことが重要ですよね。   今回のフォーラムでは、ジャパンパビリオンにて、『日本の簡素な美』を通して、「日本のものづくり」の魅力や「日本人の美意識」の高さを紹介。聴講者の皆さんが、少しでも日本と関わりを持ちたい、日本の文化に触れたい、日本を訪れたいと思える一つのキッカケになればと良いと思い、お付き合いのあるブランドの皆さんのより、写真や映像をお借りし、プレゼンテーションを纏めました。作り手の「姿勢」や「誇り」「想い」を、一枚一枚の写真を通して、聴講者の心に届け繋げることができた気がします。聴講者の表情、真剣な眼差し、質問、写真撮影などから感じ取れました。あくまでも自分の言葉は、補足でしかないのですけど、語るべきところは本気で熱く今回も語っています。   日本のものづくりが、伝統を重んじながらも変化、進化を続け、より強く、深く、大きな動きになっていき、人や地域社会や国に活力を与えられるように、其れが可能だと信じて、小さな一つ一つのプロジェクトに想いを込めて、プロジェクトのメンバーともに地道に、タイムリーに、アグッレシブに進めていくことに間違いはないと思えたサンクトペテルブルクでの3日間。また近いうちにこのサンクトペテルブルクに戻りたいですね。  ...

初めてのセミナーは今から12年ほど前。ちょうど独立間近という頃に知人より頼まれ、遠藤照明さんの青山のショールームで3日間、三井ホームさんや三菱地所ホームさんなどのコーディネーターさん向けに行なったインテリアセミナーでした。毎年通い続けていたミラノサローネで自らが体感してきた内容を主なベースとし、インテリアをつくり込むにあたってのテーマづくりやポイントなどについて話したような気がします。   その後、起業してからは、自らにセミナーの実施を課し、だいたい年4回程度のペースで行っています。2007年よりジェトロの輸出支援事業のデザインプロダクト、伝統産品のアドバイザーを勤めてからは、『輸出』『海外販路開拓』『海外見本市』などもテーマに加わり、その後ブランディングをコンサルティングの主にするようになってからは、『創ると伝える』『ブランドアイデンティティ』『ブランドコミュニケーション』などをテーマにする機会も増えてきています。   どのようなテーマであっても、聴講者が経営者、従業員、個人、行政とどのような方々であっても、セミナーを実施する際に、常に意識しているのは、何を伝え、心に響かせ、行動にどの様に反映してもらいたいかを明確にし、ビジュアルイメージを用いて簡潔に伝えるということです。会社員時代の事業計画発表会で事業計画をマネージャーとして発表する際に、社長より聴講者が楽しんで聴けるように「聴講者のことを考えて自分の言葉で、工夫して話しなさい」と言い続けていただき心がけてきたことも、とても役立っています。   今回は、ロシア政府主催のサンクトペテルブルク国際経済フォーラムにて『日本の簡素な美 ―それを支える価値観・ものづくり』というテーマでセミナーを実施しています。本日はその初日でした。ロシア人の通訳の方に、事前にプレゼンテーション資料を一式お送りはしておりましたが、さらに『日本の簡素な美』に対する理解を深めてもらい、魅力を感じてもらうために、午前中にじっくり時間を掛けて、伝えるべく内容を細かく説明。こちらの国立大学で日本文化論、日本文化史を教えている方なので、理解度も高く、本日のセミナーもほぼバッチリ。本日紹介したブランドさんたちへのロシアからの問い合わせや来訪者が増えるのではないかなと思っています。明日、明後日も通訳の方との二人三脚で、聴講者に『日本の簡素な美』の魅力を伝えていくつもりです。  ...

考え、想いを伝えることの愉しさ、難しさ、大切さを感じる毎日。もともと伝えることの重要性というものを比較的強く意識して活動してきてはいるが、ブランドディングコンサルタントを生業とし、ブランドコミュニケーションについてもコンサルティングするようになってからは、それまで以上に、伝えるという行為のための時間が長くなってきている。   時間の許される範囲の中で、伝えるべく事柄をなぜ伝えたいのか?その目的を明確にし、伝えるべく相手のことを考えながら、頭の中で伝えるべく内容を纏め、鉛筆やペンで紙に書いたり、タッチパネルやキーボードを叩いたりして整えてから、なるべく伝えるようにしている。そうしても当たり前だけれども、想いが全て伝わるわけでもないし、7割近く(厳密に測ることはできないのだけれども)伝われば良いかなと思っている。伝えるという行為の奥の深さや難しさを感じるからこそ、面白いと思えるのである。   今から遡ること40年ほど前、幼稚園から小学校に通っていたころの記憶が蘇る。チームごとに縦に10人ほど並び、先頭の子供に先生がお題を書いた紙を手渡す。そうそう伝言ゲームである。お題の文が長くなればなるほど、10番目の最終者の発表内容は、はじめのお題とは似ても似つかぬ??と、笑いを誘うような内容になっている。これは何も子供に限ったことではない。大人でも、伝言を繰り返していくと、大抵、内容は変化していく。   伝えることは容易ではなく、内容を誤って解釈される可能性や、内容が変化する可能性の多分にある。そのため、自分の頭の中が混沌としたまま相手に伝えるのではなく、秩序立てて、できる限り簡潔に、可視化できるものは可視化して伝えた方が良い。このブログを書く前に、クライアントの新たなサイトの構築を行っていた。クライアントのブランドついて、セグメンテーショした層に如何に深く理解してもらうかを第一に進めている。本日の午後は倉敷の製造ブランドの経営陣の皆さんと各社の工場の見学会を行います。夫々のブランドアイデンティティをどのように伝えてくださるのか、プレゼンテーションが楽しみです。  ...

世界中の名だたるブランドが、このミラノ街に一同に会するミラノでの一週間がいよいよスタートした。RHO FIERAで開催されるミラノサローネはインテリアにおける最高峰の見本市、町全体を覆う勢いの、数多の外会場、総じてフィオリサローネも世界各国の魅力的なブランドが創意工夫を凝らした一種独特な手法で自らの世界観を創造し訪れる人を酔わしてくれる。この一週間をいつの頃からかミラノデザインウィークと呼ぶようになった。   気がつけば、このミラノサローネに通い始めて20年の月日が。はじめの頃は、イタリアの家具を学びに、そしてヨーロッパの家具を買い付けることなどが主たる目的だったのですが、MUJIが初出展した頃から、目的もだいぶ変化してきています。もちろん買付のサポートなども行なっているものの、主に出展する、出展を考えて視察に来ている、ブランドを資産として考え始めブランディングを学びにきているなどのブランドのサポートを近頃は行うようになって来ています。   ブランドの哲学、つまり存在意義や価値観、展望についての重要性を、年を経れば経るほど、経験を積めば積むほど強く感じるようになってきている。その哲学をベースにモノやサービスを創り出し、顧客に提供することでブランドと顧客が強く結ばれるようになっていく。どんなベネフィットを顧客に供与できれば、顧客の満足度は高まっていくのか。顧客がブランドのことをどのように想い感じているのかを如何に理解し、如何に実現させるのか。そのために、ブランドコミュニケーションも大きな役割を担う。これらのことごとを考え、実行できるようになってきているのは、やはりこのミラノ影響が大きい。   この1週間、大袈裟でなく朝から晩まで、関わっているブランドの皆さんと共にインテリアブランドはもちろん、自動車、家電、食品、ファッション、時計、ステーショナリー、バストイレタリーなどのブランドのインスレーションを体感し、コンセプトやビジョンなどを記すパネルを読み、コレクションと向き合いながら、昨年との比較をしたり、来年のプレゼンテーションを想像したり、いろいろな仮説を立ててみたり、そして世界中から集い自社の会場に訪れるプレスやバイヤーなどと接し応対することで新たな気づきにでも出会う。 2018年の春も、このミラノで色々な気づきを感じ、昨年とは異なる一年にしていきたい。  ...

誕生の地、育った地からの影響を意識下のもと、人は大なり小なり受けている。多くの場合が、その地の風土より、大きな影響を受けていると思う。風土とは、辞書を引けば“地域によって異なる特色をもった環境としての自然、その土地の気候、地味、地勢などのありさま”とある。さらに、“歴史的建造物なども含む多くの要素を持ち、人間の文化形成などに影響を及ぼす精神的な環境”とある。「日本語で文法上の主語がはっきりしていない、あるいは必要でないということと、日本固有のある傾向の間には何らかの繋がりがあるようだ。その傾向とは、主体を環境に溶かし込み、人間と事物の一体化を尊び、言葉によるコミュニケーションを貶め、他の言語活動を尊重し、理性の働きよりも高く感受性を位置づけ、自然や自然的ものや気分や雰囲気や風土を賛美するというものであり、これは要するに人格の個別化を排斥し、共同的な一体性を称揚するという傾向である。日本文化は昔からこの傾向を明らかに示してきた。」と“風土の日本―自然と文化の通態”という著書の中でオギュスタン・ベルク氏は述べている。やはり、日本人と風土は、切っても切れない密接な関係にあり、日本人の感性にも大きく作用しているような気がする。自分自身に置き換えてみてもまさにその通りである。   「日本では状況や相手によって「私」が「俺」にも「うち」にも「おいら」に もなるというのは、そのように変化させることで相手との関係を大切にしてきたことの証明なのである。 この人称表現の豊かさは、君がいるという二人の関係の中においてのみ、自分があると考えて いるということの証明だ。「われが思うからわれは居る」のではない。「あなたが居るからわたしは居る」のであり、わたしはあなたとの関係の中にのみ存在していると考えるのが日本人なのだ。われわれは「共」の民であり、ともにあることを喜ぶ民だと先に述べたが、このことが人称使いにもあらわれているのである。この人称の多様性は、われわれ日本人が理性や論理の民ではなく、情緒と感情の民であることの証明である。」と大石久和氏は、著書“国土が日本人の謎を解く”の中で語っている。日本の土地が、この素晴らしき環境が我々の感情をより豊かなものにしてくれ、美意識を高めてくれているようにも思う。   パリで開催されるMAISON&OBJETやニューヨークのNY NOW、ミラノのMILANO SALONEなどで、日本のブランドやコレクションを発表している。我々からすると、それほど日本を意識して、つくりあげたものでなくても、とても日本的だねと評価されることが多い。はじめの頃は、その反応に多少戸惑うこともあったが、いまでは、日本らしい=素晴らしいと判断し満足している。とくに簡素な美を表現している日本のブランドやコレクションに対する、賛美はとても多く、“これぞマニアックな日本人らしさだ”などと褒めてくれる。日本固有の感受性や精神性というものは、人それぞれ、もちろん違いはあるものの、それぞれ表現するものから醸し出される雰囲気の中に多かれ少なかれ“日本らしさ“が含まれており、他国、他文化の方々がそこに触れると、それは極めて日本的に見えるのであろう。   この日本の風土の中で培われてきた、日本人としての精神性や感性を自分たちの強みとして捉えながら、日本人としての限界を決めつけず、つまりフレームを固定化させてしまうのではなく、その強みを活かし、新たなものごとを創造し自らのフレームを広げ、変化させていくことが日本人として大事なんだと思っています。  ...